[en;Dolphin Records Net Release001]
DJ DAI - brain pornography
01 Nothing or Nothing
02 Grind, Rewind, Divide.
03 Free
04 disconnnnnnecttttttted
05 きゃの×きゃの
06 Back to Wild
07 はじめてのひ
08 Eat’em All
09 Over the Way to You
10 Night All Night [GEN-ZOP edit]
11 もう一度
12 My Love■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
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侮蔑はやめたほうがいい
正しい何かを教える際には、たとえば「地動説が証明されました。天動説信じてた奴らは筋金入りの阿呆ですよね」みたいな教えかたをしてはいけないのだと思う。これをやってしまうと、「地動説は、天動説を信じる連中が馬鹿だから正しい」といった価値がすり込まれてしまう。科学的に見て、地動説がどれだけ正しかったとしても、こうした学習を通じて得られた知識は説得に弱い。
ある確信が、異なる意見を持つ誰かに対する侮蔑を根拠になっていることはけっこうあって、こういう人は脆い。
「○○を信じているのは馬鹿ばっかりだ。だから○○は間違っていて、それを叩く自分は正しい」で知識が完結している人には、論争や説得といった手続きが必要ない。説得を試みる側が「いい人」であることを見せるだけで、確信の根拠が崩れてしまう。たまたま知り合った誰かが○○を信じていて、しかも「いい人」だったりすると、侮蔑に基づいた確信はそこで詰む。その人の中に、自身が信じるに足る何かが無かったときには、侮蔑していた○○を信じる輪に加わらざるを得なくなる。その人が正しい知識をたくさん積んできた人ならば、積んだ量がそのまま、狂信のエネルギーに転化する。
自分の考えかたとは異なる何かを叩こうと思ったら、「自分は何を叩けるのか」だけでなく、「自分は何を信じているのか」を、ちゃんと考えておかないと危ない。「好きなもののリストを公開してから嫌いなものを叩け」という原則は、自身の被説得域値を高める上でも意味がある。
–間違った「論」には意味がある - レジデント初期研修用資料 (via raitu)
家庭医療を説得する際に臓器専門医の批判を用いずにやらなければならないことの根拠
(via familydoc)
Via sightmblr
先日、北海道カラーユニバーサルデザイン機構(北海道CUDO)のイベントで、「色覚体験ルーム」というのを経験した。特殊な分光特性を持つライトに特殊な光学フィルタを被せたものを照明として使用しているその部屋の中では、一般型の色覚の人でも、P型(1型)やD型(2型)色覚の人と同様に色が見えてしまうのだ。つまり、特定の色の組合せにおいて、色の区別がつかなくなってしまう。こんなすごいものをよく作れたと思う。その部屋の中でいろいろなものを見たが、裸眼で色覚体験を行うのは、シミュレータを使ってディスプレイ上で見るのとはまた違った臨場感がある。貴重な体験だった。
部屋の中に…




